前回(2025/12/2)は、スマートフォンを用いたOTP(ワンタイムパスワード)方式が、物理トークン時代の課題をどのように解消し、現場に受け入れられていったのかを整理しました。もっとも、OTP方式が現実的な解消策であった一方で、認証という行為そのものが業務フローから完全に消えたわけではありません。

特にスピードや集中力が成果に直結するクリエイティブの現場では、「作業の途中で手を止められること」自体がストレスになります。レイアウトの微調整を繰り返したり、配色や余白のバランスを見たりして思考錯誤している最中に、突然認証を求められる。あるいは、クライアントと急ぎの業務連絡を取ろうとしたり、ミーティングに参加しようとしたりするタイミングでいちいち認証を挟まれる。こうした場面は決して珍しくありません。
数桁の数字を入力するという行為は、ひとつひとつを見れば小さな手間です。ただ、その積み重ねが思考や業務の流れを分断してしまう。こういいた現場で感じられていた違和感は、正にそこにありました。だからこそ、より自然な認証方式を求める動きが生まれていったのだと思います。そこで、登場したのがプッシュ機能を使った認証方式です。ログイン操作に合わせてスマートフォンへ通知が届き、「承認」ボタンをタップするだけで認証が完了します。数字を確認し入力する工程がなくなったことで、認証は一気に軽くなりました。深夜作業や突発的な打ち合わせが発生しやすい現場でも、比較的受け入れやすい方式だと感じています。
さらに近年では、生体認証を組み合わせたパスワードレス認証も広がりつつあります。顔認証や指紋認証といった、すでに日常的に使われている操作をそのまま認証に利用できるため、ユーザーは「認証している」という意識すら持たなくなります。セキュリティが前面に出るのではなく、裏側で静かに機能する。この変化は現場の体験としても大きな意味を持っています。
多要素認証は、以前は「我慢して使う仕組み」として受け止められてきた側面がありました。私自身、IT業界に入ってから現場でのやり取りや過去の経緯を聞く中で、そのように語られてきた背景を知りました。一方で最近は、「使っていることを意識しない仕組み」へと確実に変わりつつあります。少なくとも、現場の受け止め方は変わってきているように感じます。
これからの情報セキュリティでは、新しい仕組みを導入すること自体よりも、それを現場の業務や文化とどう噛み合わせるかが重要になります。認証を“させる”ものから、意識せず“守られている”状態へ、技術の進化をどう活かすかが今後の情報システム部門に求められている役割なのではないでしょうか。
2026年2月