10月より、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策を事業主に義務づける改正労働施策総合推進法が施行された。以前から、特に消費者と接点の多い小売業では、カスハラには毅然と対応するといった張り紙を目にすることが増えていた。それだけ、現場で対応に苦慮している人が多いということだろう。こうしたことは、ビジネスの場でも決して珍しくないのではないか。たとえば、作業の難易度に見合わない要求。あるいは、以前の打ち合わせで先方が〇〇と話していたのでそのとおりに進めていたところ、「予定が変わったのだから正反対の××にすべきで、なぜ対応していないのか」と指摘される、といった場面である。

これは一個人の思い込みというわけでもないようだ。政府広報オンラインの解説記事では、厚生労働省のマニュアルをもとに、実際に企業が受けたカスハラに類する行為として「当初の話からのすり替え、揚げ足取り、執拗な攻め立て」が紹介されている。国の指針が挙げる例にも、「契約等により想定しているサービスを著しく超える要求」や「契約金額の著しい減額の要求」がある。法律上のカスハラの定義には、顧客と並んで「取引の相手方」が明記されており、指針も顧客等の例として「取引先の担当者」を挙げている。
民間の調査でも、クレーム対応経験のある会社員の51.3%が、取引先などの法人顧客からカスハラを受けた経験があると答えている。店頭だけの話ではないのである。もっとも、要望や指摘そのものがカスハラになるわけではない。指針も、社会通念上許容される範囲で行われたものは「いわば正当な申入れ」であり、カスハラには当たらないとしている。問題となるのは、その範囲を超えて、働く人の就業環境を害する言動である。
業務委託や下請けで仕事を受けている人々は、こうした状況に直面することが少なくないのではないかと推測する。依頼する側(お金を払う側)と依頼を受ける側(お金をもらう側)という関係である以上、立場に差が生まれやすいのは避けがたい。過剰な要求や、指摘に対して感情的に反発するといった振る舞いの背景には、「自分たちは発注する側だ」という意識が、組織のどこかにあるのかもしれない。本来、外部に業務を依頼するのは、自社だけでは補いきれない部分があるからだ。その部分を補ってくれる相手に負担を寄せてしまうのは、取引のあり方として本末転倒だろう。
しかも、こうした言動の影響は、受ける側の負担だけでは終わらない。厚生労働省の実態調査(令和5年度)では、顧客等から著しい迷惑行為を受けた労働者の46.1%が「仕事に対する意欲が減退した」と答えている。該当する事案があった企業でも、被った被害として「通常業務の遂行への悪影響」(63.4%)や「労働者の意欲・エンゲージメントの低下」(61.3%)が上位に挙がる。仕事の能率もモチベーションも落ちれば、そのしわ寄せは成果物の質や納期となって、結局は依頼した側に返ってくる。
もちろん、受ける側に課題がないわけではない。厚生労働省も、カスハラの原因や背景には「商品・サービス・接客等における問題や顧客等とのコミュニケーションの不足」もあると考えられるとしている。前提が変わったときの認識合わせや進捗の共有を丁寧に行うことは、受ける側にとっても欠かせない。ただし、それは立場の差を背景にした過剰な要求を正当化するものではない。
今回の法律には、他社の労働者に対する自社の言動に関する規定もある。他社からカスハラ対策への協力を求められたら、応じるよう努めなければならない。また、事業主や役員自身も、他社の労働者に対する言動に注意を払うよう努めなければならない。いずれも努力義務にとどまるものの、協力を求めても応じてもらえない場合には都道府県労働局に相談でき、労働局は相談内容に応じて、協力に応じるよう助言するなどの対応を行うとされている。指針はさらに、協力を求められたことを理由に、相手との契約を解除するなどの不利益な取扱いを行うことは望ましくないとしている。自社の社員が取引先にカスハラを行った場合には、懲戒などの措置を講じることが望ましいとされている。「発注する側だから」という意識のまま相手に接することは、法律の上でも見直しが求められるようになったと言える。
発注側と受注側が良い関係を築けていれば、企業間の取引でこうした事態はそもそも起きにくい。こうした取引は一度きりの売り買いではなく、継続的な関係の上に成り立っている。だからこそ、相手を単なる外注先ではなく、ともに成果をつくるパートナーとして扱えるかどうかが問われる。カスハラ対策の義務化は、そのことを依頼する側に改めて投げかけている。
2026年10月
(2026.10.7 改訂)
【参考】
◉ 政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容やカスハラ加害者とならないためのポイントをご紹介」
https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html
◉ 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001662584.pdf
◉ 厚生労働省「ハラスメント防止措置義務規定等における解釈事項について」(令和8年4月24日、令和8年9月30日改訂)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001695619.pdf
◉ 厚生労働省「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」(労働政策研究・研修機構「ビジネス・レーバー・トレンド」2024年8・9月号での紹介)
https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2024/08_09/top_06.html
◉ 株式会社エス・ピー・ネットワーク「カスタマーハラスメント実態調査(2025年)」
https://info.sp-network.co.jp/news/kasuhara-survey2025